あったようななかったような

介護でいちばん難しくて、いちばん大事だと思ったこと。

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母を何年か介護した。

母は、じょじょに衰え、じょじょにやれることが減り、じょじょに寝たきりになっていった。

背骨の手術や膝の人工関節の手術をしていくたびに歩くことが難しくなり、それでも、痛みがひどくなるよりは、と手術をしたので、本来は、リハビリで日常生活に困らない程度に回復していく「はず」だった。

 

けれども、老年の衰えている身体に手術などの刺激やその後の安静状態はかなり負担で、そこからの復活は、行動できる可動範囲のラインが(あるとすれば)マイナスになっていったところからの出発が積み重なって、結局、じょじょにラインは下がっていった。

 

だんだんと、できなくなっていったり、やる気が失せていったり、いままで楽しく見ていたテレビ番組をあまり見なくなっていった。

 

そういうことが半年くらい顕著になり続けていたあいだ、わたしは、「叱咤激励」をしていた。

 

「術後の回復は、その後のリハビリにかかっている」という、一般論に執着した。

 

でも、これは、要介護の人々に関わるデイサービスの方々もいつも言っていることで、間違ってはいないと思う。

 

もっとね、食べないと、だいぶやせちゃったでしょう。お野菜も嫌いだって言ってないで、少しは食べようね。

 

毎日のちょっとだけの運動でも、少しずつよくなっていくんだよ、ほら、立ったり座ったりしようね。

 

お昼寝ばかりしていると、夜眠れなくなるでしょう、それで、眠れないって悩むのはだめだよ〜、いま起きていないと。

 

お菓子ばかり食べていても、栄養にならないよ、ご飯のときにお腹がすかなくなるでしょう。

 

 

ただ、決定的に見落としたことがあった。

半年くらい経ったときに、衝撃的に気がついた。

 

これらの「叱咤激励」は、母のためになっているだろうか。

 

母は、がんばって回復したいのだろうか。

そうじゃなくて、できる範囲のことをして、ゆったりと過ごしていきたいのではないだろうか。

 

そのとき、わたしは

見守っていない

ことに気がついた。

 

見守ることがいちばんの介護なんじゃないだろうか。

 

なるべくできるだけ(といっても危ないことやよくないことは別だけれども)口を出さず、本人の過ごしたいようにして、「放っておく」「やりたいようにさせておく」、そうして、それを「そばで見守っていく」(知らん顔するのではなくて)というのは、案外と精神的な力が必要だということにも気づいた。

 

そうでなくて、口を出し、手を出し、かまい、あれこれと「こちらのさせたいように」「こちらのなってほしい状態にさせたい」がために強制的になにかを「する」ほうが、「しない」ことよりも楽だ。

 

あえて母の生活に介入せず、見守るということは「無作為の作為」といった言葉に近いように思う。

 

「積極的に行為しないことをする」のは、パワーがいる。食べたくないものを無理に食べさせようとせず(もちろん、食べそうなものを用意したり、量を加減したり、調理を工夫したりはベストを尽くす)、本人の意志を尊重して、しかも、こちらとしては、不機嫌にならず(当たり前だ)慈しみを持って(こちらの意志に反していても)対応する、の繰り返しを忍耐強く続けていく。

 

そうすると、気がついたら、少し母の表情や、言葉や行為がおだやかになっていた。

やはり、わたしの「こうしたらいいのに」とか、「こうすればもっとよくなるはずだ」といった、押しつけがプレッシャーや負担になっていたのだと思った。

 

これは、非常にデリケート・繊細な事柄なので、

 

「そんなこと言ったって、なかなかそうはいかない」

 

的な、心の、まあ言ってみれば、よけいなこと、介護の実際には現れにくい、「行間」のようなものだから、このまま(読んでくれたというだけどすごいことだと思うが)ハタと引っかからずにスルーしてしまう人も多いと思う。

 

けど、これが、わたしはいちばん大事なことだったなあと、母がいなくなったいまは思うよ。